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最高裁判所第二小法廷 昭和44年(オ)498号 判決

上告人

内藤重蔵

代理人

熊谷正治

被上告人

川島五三郎

代理人

嶋田敬

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人熊谷正治の上告理由第一点について。

記録によれば、所論の如き事情は、上告人が原審において主張したものと認められないのみならず、原審は、被上告人が上告人に対して本件土地所有権移転登記請求権を有していた旨判示しているのであるから、所論仮登記の抹消を求める上告人の本訴請求の理由のないことは明らかであつて、原審が所論の点について審理判断しなかつたからといつて、その手続になんらの違法もない。論旨は採用の限りでない。

同第二点について。

原審の確定するところによれば、本件土地の売買契約は、本件土地が農地であることを前提としてなされたもので、右契約には、上告人被上告人双方は昭和三一年一一月一七日までに知事に対し本件土地所有権移転についての許可申請手続をとること、および右許可がない場合には上告人は右契約を解除しうる旨の特約がされていたが、右契約は、被上告人において本件土地に居宅を建てこれを宅地として利用するためのものであり、上告人は契約締結の翌日売買代金の九割弱の支払を受けて右土地を引渡し、一方被上告人は昭和三四年一一月ころから翌三五年五月ころにかけて本件土地の北西部分に地盛りをし、これを敷地として整理したうえ、右地上に建坪82.80平方米二階15.20平方米のブロック造二階建居宅を建築し、同三六年春頃本件土地の東北部分に庭園を造成したというのであり、上告人は右建物の建築にあたつては被上告人に建築承諾書を交付し、右地盛工事等についても何らの異議をさしはさまなかつたというのである。これら原審の認定した事情に照らせば、被上告人としては、余程の事情がないかぎり、右売買契約が解除される危険を犯してまでも知事の許可を求める手続を拒む理由はないのであるから、上告人において相手方の右申請手続に対する協力義務不履行を理由に本件約定解除権を行使するためには、自ら進んで許可申請に必要な書類を整える等自己の尽すべき準備を了しその旨を上告人に通知するとともに、所轄機関への出頭期日を連絡して相手方にその協力を求めることを要し、何らこの挙に出ることなく一方的に相手方の不履行責任を問うことは許されないとする原審の判断は相当である。したがつて、原判決に所論の違法はなく、所論は、ひつきよう、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、原審の認定にそわない事実を前提として、原判決を非難するものであつて、採用できない。

同第三点について。

原審の確定した諸般の事情のもとにおいては、上告人のした契約解除の効力が生じたものとはいえない旨の原審の判断は正当であり、原判決には所論の違法はない。所論は、ひつきよう、原審の専権に属する事実の認定を非難するに帰し、採用できない。

同第四点について。

原審の確定するところによれば、本件土地は、地目および現況ともに、元来原野であつて、昭和一八年頃は未開墾の湿地帯であつたものが、終戦直前ころ排水工事が施された結果、昭和二七、八年ころからはその約半分に相当する部分が野菜畑として耕作されてきたもので、その後も昭和四三年一一月ころまではその残余の部分は湿地のため荒地のまま放置されていたというのであり、昭和二五年一二月には本件土地を含む附近一帯は都市計画区域に指定され、本件売買契約当時本件土地の西側附近には既に幹線道路が南北に通じ、該道路沿いに繁華街が形成され、右都市計画区域内は次第に宅地化し、本件土地周近も大部分が宅地用として分譲され、本件土地もその一環として上告人から被上告人に売り渡されたものであるというのである。そして、当事者双方は、本件売買契約にあたり、本件土地が農地であることを前提としていたとはいえ、上告人は、被上告人がこれを買い受けたうえその地上に居宅を建築してこれを宅地として利用することを了承のうえ、宅地としての取引相場に従つてその売買価格を決定し、その契約締結の翌日には右代金の九割弱を受領して、本件土地を被上告人に引渡し、敷地所有名義人として建築承諾書を交付するなど同人の右地上の住宅建築に協力したというのであり、被上告人は、前記のとおり右引渡後本件土地の北西部分に地盛をし、敷地としたうえ二階建居宅を建築し、翌三六年春頃にはその東北部分に庭園を造成し、従来荒地として放置されていた南側にも大量の地盛りをして今日に至つているというのである。

これら本件土地の客観的状況およびその売買の経緯に関して原審の認定した事実によれば、本件土地は元来原野としての性格を有しており、本件売買契約締結当時、その一部に農地と見られる部分があつたにせよ、周辺土地の客観的状況変化に伴い次第に宅地としての性格を帯びるに至つており、その後の地盛りなどによつて、完全に宅地に変じたものということができ、売主たる上告人においても、このような客観的事情を前提としたうえ、これを宅地として被上告人に売り、自らその宅地化の促進をはかつたものということができるのであつて、このような事情のもとにおいては、本件土地の売買に際しては、農地法三条所定の知事の許可がその効力発生の要件であつたとしても、右売買契約は本件土地が宅地に変じたとき、右要件は不要に帰し、知事の許可を経ることなく完全に効力を生ずるに至つたものと解するのが相当である。したがつて、これと同旨の見解にたち被上告人の本訴請求を認容した原判決は、相当であつて、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(草鹿浅之介 城戸芳彦 色川幸太郎 村上朝一)

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